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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9246号 判決 1995年11月29日

原告

佐竹修造

右訴訟代理人弁護士

中坪良一

被告

山種証券株式会社

右代表者代表取締役

久保秀文

右訴訟代理人弁護士

藤井與吉

藤井眞人

被告

乙山一郎

丙川二郎

主文

一  被告乙山一郎は、原告に対し、金三五三五万円及びこれに対する平成六年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告山種証券株式会社及び被告丙川二郎は、各自、原告に対し、金二六五一万二五〇〇円及びこれに対する被告山種証券株式会社については平成五年六月九日から、被告丙川二郎については同月一六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告山種証券株式会社及び被告丙川二郎に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告乙山一郎との間においては、全部同被告の負担とし、原告と被告山種証券株式会社及び被告丙川二郎との間においては、原告に生じた費用の四分の三を右被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、各自、原告に対し、金三五三五万円及びこれに対する被告山種証券株式会社(以下「被告会社」という。)については平成五年六月九日から、被告乙山一郎(以下「被告乙山」という。)については平成六年二月一九日から、被告丙川二郎(以下「被告丙川」という。)については平成五年六月一六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、証券会社である被告会社と従前から顧客として株式取引等をしていた原告が、被告会社新橋支店(支店の統廃合後は銀座支店)の営業課長をしていた被告丙川から、被告会社本店株式部株式課からいわゆる「抜け玉」を運用してもうかる話がきているとして、抜け玉の購入を勧誘され、これに応じて被告丙川に右購入資金として合計四一六五万円を交付したところ、実際は、右抜け玉の話は右株式課の主任をしていた被告乙山が抜け玉の購入資金名下に顧客から金員を騙取することを企てた作り話であったため、被告乙山に右金員を騙取されて損害を被ったとして、被告乙山及び被告丙川については民法七〇九条に基づき、被告会社については同法七一五条一項に基づき、被告ら各自に対し、右四一六五万円から被告乙山から既に返還を受けた六三〇万円を差し引いた残額三五三五万円の損害賠償(ほかに、訴状送達日の翌日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払)を求めたものである。

一  基礎となる事実

1  当事者

(一) 原告は、被告会社新橋支店との間で、昭和五〇年三月ころから、株式売買の委託をするなどの取引を開始し、平成四年八月一日に同支店が被告会社銀座支店に統合されてからは、同支店との間で右取引をしていた。(甲三五ないし三七、五二、乙一、原告本人)

(二) 被告会社は、有価証券の売買等及びその媒介等を業とする株式会社である。(争いのない事実)

(三) 被告乙山は、昭和五七年四月に被告会社に入社し、昭和五九年九月から被告会社本店商品本部株式部(以下「被告会社株式部」という。)に配属となり、昭和六三年五月から同部株式課の主任として勤務していたが、平成四年一二月七日付けで被告会社を懲戒免職となった。(甲二七、二九の1)

(四) 被告丙川は、昭和五五年四月に被告会社に入社し、昭和六三年五月に被告会社新橋支店の営業課長になったが、同支店が平成四年八月一日に被告会社銀座支店に統合され、同日付けで同支店の営業課長となり、かつ、原告担当となった。

被告丙川は、新橋支店の営業課長の当時から株式取引を通じて原告を知っていたが、同年八月から原告担当となるのに備え、同年七月ころから原告と接触するようになっていた。(甲三六、三七、被告丙川本人)

2  被告乙山の被告丙川に対する顧客への抜け玉取引勧誘の誘い等

被告丙川は、株の取引で損失を受けている顧客を抱え、その対応に苦慮していたところ、平成四年六月一一日ころ、被告会社の同僚数名と共に被告乙山と同席する機会があった際、被告乙山から、株の取引で損失を受けている顧客を助ける方法があると聞かされ、その後、同被告から、何度か電話で、「本店株式部では、安く買付けをし、値上がりによって経費等を差し引いても利益の出る株につき、買付代金を振り込んでもらえれば、これを客に分けている。これを抜け玉と言っている。」などと説明を受けて、被告丙川の顧客に抜け玉の取引を勧誘するように誘われた。(甲二二ないし二四、二七、二九の2、三〇、三六、三七、被告丙川本人)

3  被告丙川による抜け玉取引の勧誘と原告の応諾及び買付代金の交付

(一) 被告丙川は、平成四年七月二一日ころ、被告会社新橋支店において、原告に対し、「本件株式部のディーリングで買った株で値上がりしているものを分けてあげられる。買付代金を出してくれれば、経費を差し引いても利益が出る。これを抜け玉と言っている。その都度決裁してもよいし、一か月など長期間預けてくれれば月一割りほどの利益が出せます。」などと言って、抜け玉の取引を勧誘し、さらに、同月二八日ころ、「抜け玉がありますけど、どれくらい取れますか。」などと言って勧誘した上、同月二九日、右取引に応諾した原告から、抜け玉の買付代金として、現金四〇〇万円の交付を受けた。(甲二七、三五ないし三七、四四の1、五二、原告、被告丙川各本人)

(二) 被告丙川は、その後も、右と同様に原告に抜け玉の取引を勧誘し(以下、右(一)の勧誘と合わせて「本件勧誘行為」という。)、原告から、抜け玉の買付代金として、いずれも現金で、①同年九月一〇日に二〇〇万円、②同月二二日に二〇〇万円、③同年一〇月二日に九六五万円、④同月七日に四〇〇万円、⑤同月一五日に五〇〇万円、⑥同月二六日に一五〇〇万円、以上合計三七六五万円(右(一)の買付代金と合わせると合計四一六五万円)の交付を受けた。(甲二七、三五ないし三七、四五の1ないし3、四六の1、2、四七の1、2、四八の1、2、四九、五〇の1、2、五二、原告、被告丙川各本人)

4  原告の買付代金の被告乙山への交付又は送金

被告丙川は、原告から交付を受けた右3の抜け玉の各買付代金(以下、一括して「本件買付代金」という。)を、被告乙山の指示に基づき、いずれも原告から交付を受けた日に、最初の四〇〇万円及び平成四年一〇月一五日の五〇〇万円については、同被告に手渡して、その余は、いずれも、協和埼玉銀行(商号変更後はあさひ銀行。以下「あさひ銀行」という。)渋谷支店の被告乙山名義の普通預金口座に送金して、被告乙山に交付した。(甲二七、三〇、三六、三七、被告丙川本人)

5  被告乙山からの本件買付代金の一部返還

原告は、被告丙川を通じて、被告乙山から、平成四年九月三〇日、最初の買付代金四〇〇万円について利益一割を加算した金額であるとして四四〇万円の返還を受け、さらに、同年一〇月三〇日、利益の一部であるとして一九〇万円の返還を受けた。(右各返還については、原告と被告会社及び被告丙川との間では争いのない事実。その余は、甲二七、三五ないし三七、五二、原告、被告丙川各本人)

6  被告乙山による本件買付代金の騙取

被告乙山が原告から本件買付代金の交付を受けた当時、被告会社株式部においては、被告乙山が被告丙川に説明したような抜け玉と称する株式に関する取引など行われていなかったが、被告乙山は、株式を買付ける意思がなく、買付代金名下に取得した金員は同被告の個人的用途に費消する意思で、被告丙川に対し右2のような虚偽の説明をして同被告をその旨誤信させ、さらに、同被告をして、原告に対し右3(一)のような説明をさせて原告を誤信させた上、情を知らない被告丙川を通じて、原告から本件買付代金の交付を受けて、これを騙取したものである(以下「本件詐欺行為」という。)。(甲一〇、一八ないし二四、二七、二九の2、三〇、三五ないし三七、原告、被告丙川各本人)

二  争点

1  被告乙山の不法行為責任の有無

(一) 原告の主張

被告乙山は、右一2ないし6のとおり、原告から本件買付代金を騙取したものであるから、民法七〇九条に基づき、右買付代金合計四一六五万円から返還を受けた六三〇万円を差し引いた残額三五三五万円の損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告乙山の主張

被告乙山が原告主張のとおり原告から株式の買付代金名下に金員を騙取したことは認めるが、騙取した金額については、被告丙川から被告乙山の前記預金口座に入金された金額のうち原告の支出した分につき被告丙川から知らされていないので、不知。

2  被告丙川の不法行為責任の有無

(一) 原告の主張

被告丙川は、右一2のように被告乙山から顧客に抜け玉の取引を勧誘するように誘われたとき、被告会社新橋支店(後に銀座支店。以下「新橋支店」という。)の営業課長の職にあった被告丙川としては、証券会社の従業員として十分な注意義務を尽くせば、被告乙山の金員騙取の意思を見抜くことができたにもかかわらず、これを怠り、同被告の甘言に惑わされ、その詐言に乗って、同3のとおり原告に対し抜け玉の取引を勧誘し、その結果、三五三五万円の損害を与えたものであるから、民法七〇九条に基づき、右損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告丙川の主張

原告の主張は争う。

3  被告会社の使用者責任の有無

(一) 原告の主張

(1) 被告乙山及び被告丙川は、右1及び2の各(一)のとおり原告に対し各不法行為を行ったが、右各不法行為は、いずれも被告会社の被用者がその事業の執行につき行ったものである。

まず、被告乙山の本件詐欺行為については、被告会社株式部、事業法人部、債権部の各従業員や各支店の営業課長等二〇ないし三〇人の従業員が関与しており、被告乙山は、被告会社株式部のボイス席(被告会社の全支店との間で、各支店のスピーカーを通して同時に連絡を取ることのできる設備)で、営業時間中に、被告丙川を含む右従業員らと連絡を取って、本件詐欺行為を始め、同種の詐欺行為を行っていた。原告が被告乙山に交付した本件買付代金も、そのほとんどが、その日のうちに右従業員らに対し抜け玉の取引による利益金等として送金されるなどして支払われている。したがって、被告乙山の不法行為は、被告会社ぐるみのものと言っても過言ではない。

また、被告丙川の本件勧誘行為は、同被告が被告会社新橋支店の営業課長として、株の取引により大きな損害を抱えていた原告に対し、少しでも有利な投資をさせ、ひいては株式投資資金を増やさせることにより、被告会社本店から同支店に要求されている株式売買手数料収入を確保するために、行われたものであるから、正に、同支店の営業活動の一環として行われたものである。したがって、被告丙川の不法行為が被告会社の事業の執行につき行われたものであることは明らかというべきである。

(2) 被告会社の後記(二)(2)の主張(被告乙山及び被告丙川の各不法行為が実際は被告会社の事業の執行につき行われたものでないことについて、原告が悪意であり、そのことを知らなかったとすれば重大な過失があるとする主張)は、争う。

いわゆる「あんこ玉」、「花見玉」、「抜け玉」の方法による株取引は、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証取法」という。)においても禁止されていたが、被告会社においては、実際には普通の業務(取引)として行われていた。平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法(以下「改正証取法」という。)五〇条の二(その後、平成四年法律第八七号による改正により、同条は五〇条の三となった。以下、同条を五〇条の三と表示する。)により損失補てん等が禁止された後も、被告会社においては、これらが同様に行われていた。

そして、原告は、以前、被告会社新橋支店において、被告会社と抜け玉の取引をしたことがあったことから、抜け玉の取引は被告会社株式部が相手であれば正規な取引であると信じて疑わなかった。また、原告は、昭和五〇年以降、被告会社と株式取引を事故なく行ってきており、被告会社及びその支店の営業課長である被告丙川を信じ切っていたものである。

このように、原告は、被告丙川の説明から、被告会社株式部との取引であると信じて本件買付代金に係る抜け玉の取引を行ったものであるから、原告には、被告会社主張のような悪意はもとより、重大な過失も存しないというべきである。

(3) 被告会社の後記(二)(3)の主張(本件買付代金に係る抜け玉の取引が公序良俗違反又は不法原因給付に当たり、本件損害賠償請求が許されないとする主張)は、争う。

(二) 被告会社の主張

(1) 被告乙山及び被告丙川が原告主張の各不法行為を行ったことは不知。右各不法行為が被告会社の事業の執行につき行われたものであることは否認する。

(2) 仮に、被告乙山及び被告丙川の各不法行為がその外形上被告会社の事業の執行につき行われたものであるとみる余地があるとしても、原告は、右各不法行為が実際は被告会社の事業の執行につき行われたものでないことについて悪意であり、原告がそのことを知らなかったとすれば重大な過失がある。

すなわち、本件買付代金に係る抜け玉の取引は、平成四年一月一日施行に係る改正証取法五〇条の三により禁止されていた。したがって、このような違法な取引を被告会社が行うはずがない。原告は、長年にわたり株式取引を行ってきているのであるから、その経験に照らして、このことを当然知っていたというべきである。それにもかかわらず、原告は、一か月で一割も利益が上がるという被告丙川を通じての被告乙山の甘言に乗って、被告丙川を介してあさひ銀行渋谷支店の被告乙山の個人口座に状況を見ながら送金し、徐々に被害を拡大していったものである。

また、原告は、証券会社がその担当者の名刺による預り証や領収書の発行を認めていないことを知りながら、本件買付代金を被告丙川に交付した際には、いずれも同被告の名刺にその旨を記載した預り証を受領したのみで、被告会社に対し正規の領収書の発行を求めていない。

これらの点に照らせば、右のとおり、原告は悪意であり、少なくとも原告には重大な過失があるというべきである。

(3) 本件買付代金に係る抜け玉の取引は、改正証取法五〇条の三第一、二項各号に違反する反社会的行為であるから、公序良俗に違反して無効である。そして、本件買付代金の被告丙川を介しての被告乙山に対する交付は、不法原因給付に当たるから、民法七〇八条によりその返還を求めることはできず、したがって、実質的にその返還を求めることになる本件損害賠償請求は許されない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告乙山の不法行為責任の有無)について

前記第二の一2ないし6の各事実によれば、被告乙山の本件詐欺行為が不法行為に当たり、原告主張のとおり原告がこれにより三五三五万円の損害を被ったものと認められるから、同被告には、原告に対し同額の損害賠償をすべき義務がある。

二  争点2(被告丙川の不法行為責任の有無)及び3(被告会社の使用者責任の有無)について

1  被告乙山が本件詐欺行為をするに至る状況について

甲一七ないし二五、二七、三九、四二、五一によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告乙山は、被告会社に入社してから間もなく、クレジットカードを用いて多額の買物や遊興をしたことからその返済に苦慮し、返済金を捻出するため、保険外交員であった石村リャウ、松島ます及び水上嘉子(以下「石村ら」という。)に対し、保険への加入と引換えに同被告に資金を預ければ株を運用して月六分程度の利益を出してやると言って、石村らから、最初は一〇〇万円程度を、後には一〇〇〇万円もの資金を預るようになった。そして、被告乙山は、昭和五九年一二月には、知人名義でいわゆる手張り用の預金口座を開設して、右資金の一部は株の手張り(「手張り」とは、証券会社の従業員が個人として専ら投機的利益の追及を目的として当該証券会社に内密で有価証券の売買をする行為であり、大蔵省令により禁止されている。)に充て、一部はクレジットの返済や生活費として費消するとともに、手張りで利益が出た分についても、自分で費消し、石村らに対しては、同人らから預った資金を回転させて得た運用益であると称して右利益の一部や預った資金の一部を返還し、資金流用の事実を隠してきた。

(二) ところで、被告乙山は、その当時から本件詐欺行為の当時まで、被告会社株式部において、ボイス担当及び場電担当の業務に従事していた。

ボイス担当とは、株式部と各支店とを直接つなぐ電話兼スピーカーを通じて、市場情報や名柄情報等を各支店に流したり、引け間際の株式等の売買注文の受発注、支店からの大口注文の受発注、各株式名柄の刻々の注文状況等を各支店に流す業務であり、場電担当とは、市場と株式部との間につながっている専門回線を通じて、市場情報を株式部員に流したり、株式部のディーリング(証券会社の自己売買)担当者からの売買注文の受発注及び伝票の整理等をする業務である。

(三) 被告乙山は、右(一)のとおり石村らから預った資金を回転させてきたが、昭和六二年ころには、資金の回転が行き詰まってきたことから、今度は、自己が株式部のボイス担当及び場電担当で、株式情報をいち早く入手することができ、かつ、株式情報にも精通する立場にいることへの信頼を利用して、同僚の西方健次(以下「西方」という。)や目黒武に対して共同出資による株の取引話を持ち掛けて、右両名に出資させるようになり、当初は、その資金で株を購入していたが、そのうち右資金を石村らに対する運用益名目の返済に充てるなどして、自転車操業の状態となり、石村らのほかに泉谷次雄ほかの知人からも同様の方法で資金を集めるなどしていたため、同被告の実質的な負債額は平成三年六月等において、五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円に上った。

(四) そこで、被告乙山は、平成三年六月ころからは、既に買い付けてある株で、値上がりしており手数料や税金を差し引いても利益の出ているものを、「抜け玉」と称して、被告会社の本店や支店の同僚、部下、上司、さらには支店の顧客担当者を介して顧客に対しても、抜け玉を分けてやる旨嘘を言って、抜け玉の買付資金の名目で資金を集めるようになった。

被告乙山は、抜け玉の種類として、①同被告が自己の手張り口座で既に買ってある抜け玉(以下「手張りの抜け玉」という。)、②高松にいる同被告の父が日興証券を通じて買ってある抜け玉(以下「高松の父の抜け玉」という。)、③被告会社株式部がディーリングで買ってある抜け玉(以下「ディーリングの抜け玉」という。)の三種類の架空の抜け玉を使い分け、株式部に現に在籍し、又は元在籍した同僚、部下、上司並びに知人に対しては、右①又は②の抜け玉の話を利用し、それ以外の支店の関係者に対しては、主として右③の抜け玉の話を利用した。

そして、被告乙山は、右の者らから、抜け玉の買付資金名下に現金を直接手渡しで交付を受けたほか、支店関係者からは、主として、あさひ銀行渋谷支店の同被告名義の普通預金口座に右資金を入金させて交付を受けた。

また、被告乙山は、支店関係者とは、主として営業時間中に、被告会社株式部の室内の自己や同僚の席にある電話で直接連絡を取り合っていた。

なお、被告乙山は、右①又は②の抜け玉の話を利用した者との関係では、同被告自身が手張り等の株の取引で多額の利益を得ているように見せる必要があったこともあって、被告会社本店の株式部やその他の部署の同僚を引き連れて、連日のように、高級クラブや料亭、割烹等で派手な遊興・飲食をし、抜け玉の買付代金の名目で集めた資金の中から、その代金を支払っていた。

(五) 被告乙山は、右のような方法で、被告会社の本店や支店の同僚、部下、上司から、さらには支店の顧客担当者を介して顧客から、多額の資金を集め、右資金の一部は運用利益と称して出資者への返還に充てたほかは、自己の住宅の取得資金に充てたり、右(四)のような遊興・飲食の費用に充て、さらには、週末には毎週のように多額の金員を競馬に賭けて費消するなどし、そのために更に資金を集める必要に迫られるなどして、ますます自転車操業状態に追い込まれていった。

そして、平成四年六月ころには、被告乙山が右のような方法で資金を集めた相手、換言すると被告乙山の話に乗って利益を得ようとした者は、被告会社関係者のみでも、本店の事業法人部、株式部、法人資金運用部に在籍した者や、福岡、高崎、松山、秋葉原、八戸、大阪、前橋、大宮、池袋、渋谷の各支店の営業課長や主任を含む従業員ら合計二〇名余に及び、その中には、被告会社株式部の元部長(かつての被告乙山の上司で、当時取締役)や現職の部長も含まれていた。また、被告乙山に顧客を仲分した被告会社の支店担当者も、右の中に約一〇名含まれており、そのようにして被告乙山に資金を提供した顧客も一〇名余に及び、被告乙山が、右のほかに知人をも含めて、これらの者から騙取した金額は、運用利益として返還した分を除いても、約二億七〇〇〇万円に上っていた。

2  被告丙川が本件勧誘行為をするに至る状況について

甲二一、二二、二四、二七、二九の2、三〇、三六、三七、五一及び被告丙川本人の供述によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告丙川は、平成三年一〇月ころ、被告会社の研修で当時事業法人部主任であった西方と一緒になったとき、西方から、損失を抱えた顧客の対応策として、株式部の被告乙山に話をすれば利益の出ている株を回してくれる、事業法人部の顧客もその株の取引をしている旨の話を聞いたが、その場はそれで終わった。

(二) 前記第二の一2のとおり、被告丙川は、その後、平成四年六月一一日ころ、西方ほか数名の被告会社の同僚と共に被告乙山と会食する機会があった際、被告丙川を介してその顧客からも金員を騙取しようと考えた被告乙山から、株の取引で損失を受けている顧客を助ける方法があると聞かされたが、被告丙川は、それにはすぐに応じなかった。

右1(五)のような事情から資金繰りに窮していた被告乙山は、その後も、被告会社新橋支店の被告丙川のもとに、被告会社株式部の室内の自己又は同僚の席から、営業時間中に、何度も電話を掛けて、ディーリングの抜け玉の話をし、被告丙川に対し抜け玉の取引を顧客に勧誘するように誘った。

(三) 被告丙川は、当初、被告乙山の話に半信半疑であったが、①後記4(一)で認定するように、被告会社では、過去に、しばしば顧客に対しいわゆる「あんこ玉」と呼ばれるディーリングの抜け玉に類似した損失補てんをした例があり、平成四年一月一日以降改正証取法によりそのような行為が禁止された後も、顧客対策の必要上、形を変えて、あんこ玉類似の取引がまだ行われていると思ったこと、②被告乙山の説明では、買付代金は同被告の個人名義の預金口座に振り込むことになっており、また、それについては被告会社の正規の預り証は発行されないことになっていたが、損失補てんを分からないようにするための処置と考えたこと、③被告会社本店事業法人部の西方も、被告乙山の話を信用していたこと、④被告乙山からの抜け玉勧誘の電話が大引け(午後三時)間際の時間に被告会社新橋支店の営業課長席の被告丙川のもとに掛かってきており、ボイス担当の被告乙山はその時間帯はボイス席を離れることはできなかったことから、同被告の電話は被告会社株式部の室内から公然と連絡されているものと考えたこと、⑤もともと被告会社における株のディーリング取引(自己売買)は株式部において行われ、後記4(一)で認定するように過去のあんこ玉の取引も同部を通じて行われており、同部において株式の情報をいち早く入手することができたことから、同部に席を置く者ならディーリングの抜け玉の取引が可能であると考えたこと、などの理由から、次第に被告乙山の話を信用するようになった。

(四) そこで、被告丙川は、平成四年七月一四日、被告乙山から、五〇円の利益が出ている抜け玉があるので一万株分三五〇万円を送金するように電話で連絡を受けて、翌一五日、三五〇万円を被告乙山の指定する預金口座に振り込んだところ、同月二一日、同被告から三〇万円の利益を加算した三八〇万円を受け取り、同被告の話を一層信用するようになった。なお、被告乙山が話をした右の取引も、実際は架空のもので、被告丙川を信用させるために、被告乙山が仕組んだものであった。

3  被告乙山の本件詐欺行為及び被告丙川の本件勧誘行為の状況並びに原告の被告丙川に対する本件買付代金交付の状況について

甲二一、二二、二四、二七、三〇、三五ないし三七、四四の1、2、四五ないし四八の各1、四九、五〇の1、五二及び原告、被告丙川各本人の供述によれば、次の事実が認められる。

(一) 右2(三)及び(四)のとおり被告乙山からのディーリングの抜け玉の話を信用した被告丙川は、平成四年七月二一日ころ、同年八月からその担当となることが予定されていた原告が株の取引で約六〇〇〇万円の損失を抱えていたことから、毎日のように被告会社新橋支店に来て株価ボードを見るなどしていた原告に対し、カウンター越しに、前記第二の一3(一)のとおりディーリングの抜け玉の取引を勧誘し、その際、抜け玉の買付代金として支払う金員は更に被告会社株式部において他の名柄で運用して、長く預ければそれだけ利益も多くなること、株券は来ないこと、被告会社の正規の売買報告書も送付されてこないこと、右金員は株式部に在籍する者の個人口座に振り込まれることなどの説明をした。原告は、昭和五六年ないし五八年ころ、被告会社新橋支店において、抜け玉に類似したあんこ玉(その内容は後記4(一)のとおり)の取引をして利益を得た経験があったことから、被告丙川に対し、そのような話があれば抜け玉の取引を行う意思のあることを伝えた。

(二) 平成四年七月二八日午後二時三〇分ころ、被告会社新橋支店の営業課長席の被告丙川のもとに被告乙山から電話が入り、被告乙山は、被告丙川に対し、特定の名柄について抜け玉のあることを伝えた。被告丙川は、同支店に来ていつものように株価ボードを見ていた原告に対し、被告乙山からの電話を切らないまま、カウンター越しに、被告乙山からの話をそのまま伝え、その名柄が現に値上がりしていることをクィックと呼ばれる装置で示した上、株式部から右名柄について抜け玉の話が来ているとして、その買付けを勧誘し、四〇〇万円なら翌日に用意することができるとの原告の返事を得て、その場で、電話で被告乙山にその旨の連絡をした。そして、原告は、翌二九日午後一時ころ、現金四〇〇万円を持参して被告会社新橋支店に赴き、被告丙川に対し、カウンター越しに封筒に入った右四〇〇万円を手渡し、同被告から、営業課長の肩書の名刺に四〇〇万円を預った旨の記載がされた預り証(甲四四の1、2)を受領した。

(三) 原告は、その後も、本件買付代金のうちの①同年九月一〇日の二〇〇万円、②同月二二日の二〇〇万円、③同年一〇月二日の九六五万円、④同月七日の四〇〇万円、⑤同月一五日の五〇〇万円については、いずれも、その前日の午後二時三〇分前後ころ、被告会社新橋支店において、右(二)の四〇〇万円の場合と全く同様に、被告丙川から、被告乙山から掛かってきた電話の話をそのままその場にいる原告に取り次ぐ形で、抜け玉の取引を勧誘され、これを承諾した原告の返事は、被告丙川から、その場で、切らないままにつながっていた電話で被告乙山に伝えられた。そして、原告は、右各金員についても、いずれも、同支店において、その営業時間内に、カウンター越しに被告丙川に手渡し、同被告から、その名刺に右各金員を預った旨の記載がされた預り証(甲四五ないし四八の各1、四九)を受領した。

(四) 原告は、本件買付代金のうちの同月二六日の一五〇〇万円についても、その勧誘の日が同月二二日であるほかは、その余の買付代金の場合とほとんど同じ状況及び態様で、被告丙川から勧誘を受けて承諾し、右金員を同被告に手渡して同被告の名刺の預り証(甲五〇の1)を受領した。

4  被告乙山が本件詐欺行為等をした背景について

甲一七、二〇、二七、三〇、三八、三九、五一、乙二三ないし二六、二七ないし三四の各1、2、三五の1ないし3、三九及び証人足立暉三の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社においては、少なくとも平成三年二月ないし三月ころまで、株式部を中心にして、いわゆる「あんこ玉」と呼ばれる株式を顧客に振り分ける方法による損失補てんが日常行われていた。

あんこ玉とは、被告会社が株式部を通じてのディーリング取引(自己売買)で買い付けた株のうち、その日のうちに売却して税金や手数料を差し引いても売買益の出ている株のことで、これをあたかも顧客が当初から買い付けて売買したように伝票操作をした上、支店等を通じて顧客に振り分け、損失補てんをするものである。

被告会社の内規では、あんこ玉を振り分ける手続は、通常、支店長からの要請により、株式部長、商品本部長及び常務取締役の決裁を経て行われていたが、小口の場合には、時には株式部長の決裁のみで行われることもあった。

このようなあんこ玉の方法による損失補てんは、大手顧客をつなぎ止めたり、他の証券会社の大手顧客を獲得するため、あるいは支店自体の手数料実績を上げるためなどに利用されていた。

そして、被告乙山も、株式部において、上司の命により各支店にあんこ玉を振り分ける手続をすることがあった。

(二) 被告会社においては、平成三年に入って証券会社の大口法人顧客に対する損失補てん問題が新聞、テレビ等で大きく取り上げられるようになって、遅くとも同年四月ころには、取締役会決議により、あんこ玉を禁止する指示がされ、その旨の通知が営業の現場である各支店に出された。

さらに、右のような損失補てん問題等に対処するため、同年七月三一日付けで日本証券業協会会長あてに「証券会社の社内管理体制の強化等について」と題する大蔵省証券局長の文書(蔵証第一三〇六号)が出されたことを受けて、被告会社は、同年九月三日付けの「当社社内管理体制強化策」と題する書面及び同月六日付けの「内部管理体制の改善策」と題する書面を日本証券業協会に提出し、それに伴い、同年一二月一六日付けで、社内管理体制の強化を図るために監査本部及び営業管理部という部署を新設し、所要の人事異動を行うとともに、各支店にはその旨の通知をした。

(三) 平成四年一月一日から、損失補てん等を禁止し、その違反に対しては懲役刑を含む罰則まで定めた改正証取法が施行されたのに伴い、被告会社においては、被告会社の自己売買した株式が顧客名義に書き換えられることを防止するため、伝票自体を自己売買と委託売買とで全く別のものにするなどの改善をしたほか、服務規律も改正して同月二一日付けで各支店にその旨の通知をした。

(四) しかし、改正証取法の施行後も、営業現場の支店長や営業員から株式部の被告乙山のもとに、ボイスを通じて、時折、あんこ玉を求める声があるなど、営業現場の担当者の間では、営業政策上あんこ玉が依然として行われているものと考えている者があった。被告丙川も、その一人といえる。

5  被告丙川の不法行為責任の有無について

(一) 前記第二の一2ないし6及び右1ないし3で認定した各事実によれば、被告丙川は、右2(三)の①ないし⑤のような理由から、被告乙山のディーリングの抜け玉の話を真実のものと誤信して、原告に対し本件勧誘行為をし、原告をして本件買付代金を被告乙山に交付させたものであるが、右3で認定したとおり、右勧誘行為が、被告会社新橋支店内において、営業時間内に、顧客として同支店を訪れていた原告に対し、カウンター越しに堂々と行われ、かつ、本件買付代金の授受も同様の状況で行われたものであることに照らすと、被告丙川自身は、主観的には、被告乙山の抜け玉の話を信用して、同支店の営業課長として、その営業活動の一環として原告に対し本件勧誘行為をしたものであることは、明らかである。

そして、被告乙山の本件詐欺行為が、過去に被告会社において株式部を中心にして抜け玉の支店への振り分けがされていた事実、被告乙山の株式部におけるボイス及び場電担当の職務、大引け間際の営業時間内に株式部の室内から同支店の営業課長席に直接電話を掛けるという業務上の電話連絡の外観等を巧みに利用した本件詐欺行為の巧妙な手口等にかんがみると、被告丙川が被告乙山に欺罔されたことについては、やむを得ない面があるようにみえなくもない。

(二) しかしながら、右4(二)及び(三)で認定したとおり、被告会社においては、遅くとも平成三年四月から改正証取法が施行された平成四年一月にかけて、あんこ玉を含む損失補てんを社内的にも明確に禁止するとともに、その旨の対策を種々講じ、各支店に対してもその都度その周知を図っていたのであるから、被告丙川としても、当然、このことを知っていたものといえる。その上、被告乙山の抜け玉の話自体、一か月で一割ほど利益が出るといううまい話である上、そのために株式部株式課の一主任にすぎない被告乙山の個人名義の普通預金口座を利用し、正規の預り証の発行もないというのも、本来、被告会社株式部が抜け玉を振り分けるという話の筋からすると、疑問をもってしかるべきものといわざるを得ない。そして、何よりも、あんこ玉の方法による損失補てん自体、改正証取法五〇条の三第一項各号により禁止されていることにかんがみると、被告会社支店の営業課長の地位にある被告丙川としては、少なくとも、被告乙山の話を信用して原告に対し営業活動の一環として本件勧誘行為をするに先立ち、自ら又はその上司の支店次長若しくは支店長を通じるなどして、少なくとも株式部(被告乙山は一主任にすぎない。)又はその他の関係部局の責任者に対しその話の真偽を確認する方法を採るべき注意義務があったものというべきである。そして、被告丙川が右のような注意義務を尽くしていれば、被告乙山の抜け玉の話が虚偽であることは容易に判明したものといえる。

そうすると、被告丙川は、右の注意義務を尽くすことなく、漫然と被告乙山の抜け玉の話を信用して本件勧誘行為をした過失により、結果的に同被告の本件詐欺行為に加担し、原告をして本件買付代金を同被告に交付させて損害を与えたものであるから、被告丙川には、原告がこれにより被った損害を賠償すべき義務がある。

6  被告会社の使用者責任の有無について

(一)  まず、右5で認定した被告丙川の不法行為との関係で、右不法行為が被告会社の事業の執行につき行われたものであるか否かについて検討すると、右5(一)で認定したとおり、被告丙川自身は、主観的には、被告乙山のディーリングの抜け玉の話を信用して、被告会社新橋支店の営業課長として、その営業活動の一環として原告に対し本件勧誘行為をしたものである上、右3で認定したとおり、右勧誘行為は、同支店内において、営業時間内に、顧客として同支店を訪れていた原告に対し、株式部の被告乙山から営業課長席に掛かってきていた電話の話を踏まえて、カウンター越しに堂々と行われ、かつ、本件買付代金の授受も同様の状況で行われており、本件勧誘行為及び本件買付代金授受の右のような外形を客観的にみる限り、これが同支店の営業活動として行われたものといわざるを得ない。したがって、被告丙川の不法行為は、被告会社の事業の執行につき行われたものというべきである。

(二)  次に、右一で認定した被告乙山の不法行為との関係で、右不法行為が被告会社の事業の執行につき行われたものであるか否かについて検討すると、結局、被告乙山の本件詐欺行為も、原告との関係では、被告丙川の本件勧誘行為を介して行われているものであり、かつ、被告乙山自身、そのような方法を意図的に利用して右詐欺行為を行っているものであるから、右勧誘行為がその外形から客観的にみる限り被告会社新橋支店の営業活動として行われたものと認められる以上、被告乙山の不法行為も、被告会社の事業の執行につき行われたものというべきである。

(三) ところで、被告会社は、被告乙山及び被告丙川の不法行為が実際は被告会社の事業の執行につき行われたものでないことについて原告は悪意であり、原告がそのことを知らなかったとすれば重大な過失がある旨主張するので、この点につき検討すると、確かに、当時既に施行されていた改正証取法において抜け玉の方法による損失補てんも禁止されていた上、被告丙川を通じての被告乙山からディーリングの抜け玉の話は、一か月で一割も利益が上がるといううまい話であり、その上、右3によれば、原告は、本件買付代金を被告丙川に交付した際には、いずれも同被告の名刺にその旨の記載がされた預り証を受領したのみで、被告会社に対し正規の領収書や預り証の発行を求めておらず、また、右買付代金のほとんどが株式部に在籍する者(被告乙山)の個人名義の預金口座に振り込まれるものであることも知っていたものと認められる。

しかしながら、右5(一)で判示したように、被告乙山の本件詐欺行為が巧妙な手口で行われたため、被告会社新橋支店の営業課長である被告丙川でさえも、被告乙山のディーリングの抜け玉の話を信用し、主観的には同支店の営業活動の一環として本件勧誘行為をしたこと、右3で認定したように、被告丙川の本件勧誘行為が、同支店内において、営業時間内に、顧客として同支店を訪れていた原告に対し、株式部の被告乙山から営業課長席に掛かってきていた電話の話を踏まえて、カウンター越しに堂々と行われ、かつ、本件買付代金の授受も、同様の状況で行われており、また、原告は、過去に被告会社新橋支店においてあんこ玉の取引をして利益を得た経験があったことなど、本件詐欺行為の態様、本件勧誘行為及び本件買付代金交付の状況等を総合して判断すると、右に掲げた事実から、直ちに、原告に被告会社主張のような悪意又は重大な過失があるものと認めることは難しく、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

(四) 被告会社は、また、本件買付代金に係る抜け玉の取引が改正証取法五〇条の三第一、二項各号に違反する反社会的行為であるとして、公序良俗に違反して無効である旨主張するが、原告の被告会社に対する本訴請求は、右抜け玉の取引の効力の有無とは直接かかわりのないものであるから、右主張は、主張自体失当である。

被告会社は、さらに、原告による本件買付代金の被告丙川を介しての被告乙山に対する交付は不法原因給付に当たる旨主張するが、既に認定したとおり、もともと、本件買付代金に係る抜け玉の取引は、原告が被告乙山や被告丙川にもちかけたものではなく、被告乙山についていえば、専ら原告を欺罔して右買付代金名下に金員を騙取するために、被告丙川を介して原告に右取引を働き掛けたものであり、また、被告丙川についていえば、被告乙山の右のような詐欺行為を看過して、被告会社新橋支店の営業活動の一環として原告に右取引を積極的に勧誘して行わせたものである。

そうであるとすれば、確かに、本件買付代金に係る抜け玉の取引は改正証取法五〇条の三第一、二項各号に違反するものであるが、原告がそのような取引をするに至った原因は、本来は進んで右条項を遵守すべき義務のある証券会社たる被告会社の従業員の積極的な働き掛けによるものであるから、右のような違法な取引が行われた責任の大半は右従業員側にあるというべきであり、したがって、本件買付代金の交付は不法原因給付には当たらないと解すべきである。これと異なる被告会社の主張は、原告の非をいうに急な余り、自己の従業員側の非を殊更に軽視するもので、採用することができない。

(五) 以上によれば、被告会社には、民法七一五条一項に基づき、被告乙山及び被告丙川の不法行為により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

三  過失相殺について

事案にかんがみ、原告の被告会社及び被告丙川に対する損害賠償請求との関係において、過失相殺について判断する(なお、被告乙山との関係においては、同被告の不法行為は故意に基づくものであるから、過失相殺の余地はない。)。

1  既に判示したとおり、原告が本件買付代金を被告丙川を介して被告乙山に交付した当時、抜け玉の方法による損失補てんは、改正証取法五〇条の三第一、二項各号により禁止されており、その違反に対しては、顧客についても、同法二〇〇条において懲役刑を含む罰則まで定められていたにもかかわらず、原告は、ディーリングの抜け玉により一か月で一割も利益が上がるという被告丙川を通じての被告乙山の甘言に乗って、右のような違法な損失補てんを受けるために本件買付代金を被告乙山に交付して損害を被ったものである。その上、本件買付代金授受の態様をみても、原告は、被告丙川から同被告の名刺にその旨の記載がされた預り証を受領したのみで、被告会社に対し正規の領収書や預り証の発行を求めておらず、また、右買付代金のほとんどが株式部に在籍する者(被告乙山)の個人名義の預金口座に振り込まれることを認識しており、これらの点に照らすと、長年にわたり株式取引をしてきた原告としては、右買付代金に係る抜け玉の取引が単に違法であるのみならず、その態様も、異常な方法で行われるものであることの認識をも有していたものというべきである。したがって、原告としては、本来、そのような違法な取引は回避すべきであったのみならず、その点を離れても、その取引態様の異常さから、被告乙山からの抜け玉の話については慎重に対処すべきであったといわざるを得ず、それにもかかわらず、別段警戒することもなく右の話に乗って違法に利益を受けようとした原告にも、相当の過失があるというべきである。

2  しかしながら、他方、原告の過失割合を判断するについては、次の各事情を考慮する必要がある。

(一) 右二6(四)で指摘したとおり、原告が右のような違法な取引をするに至った原因は、本来は進んで証取法五〇条の三第一項各号を遵守すべき義務のある証券会社たる被告会社の従業員の積極的な働き掛けによるものである。

(二) 被告乙山の本件詐欺行為の手口は、被告会社新橋支店の営業課長の地位にあった被告丙川でさえも欺罔されるほど、巧妙なものであり、所詮は一顧客にすぎない原告が、右に述べた取引態様の異常さにもかかわらず、被告乙山の抜け玉の話を真実のものと誤信したとしても、無理からぬ面がある。

(三) 原告及び被告丙川が被告乙山からのディーリングの抜け玉の話を信用した背景には、右二4(一)のとおり、被告会社が株式部を中心にして過去にあんこ玉の方法による損失補てんを日常行ってきたという事実があり、被告乙山も、このことを知っていたことから、これを利用してあんこ玉類似の抜け玉の方法による本件詐欺行為を行ったものであるが、あんこ玉の方法による損失補てんは、旧証取法の下でも、五〇条二号が顧客に対して当該有価証券について生じた損失の全部又は一部を負担することを約して勧誘する行為を禁止していた規定の趣旨に照らし、これが同法の目的(一条)である有価証券取引の公正を妨げるものとして、違法と評価されるべきものである。

右二1で認定したとおり、被告乙山が本件詐欺行為をするに至るまでにも、被告会社の多数の従業員や顧客が被告乙山の同様の手口による詐欺に関与し、あるいはその被害に遭っているが、被告会社が旧証取法の下でも違法とされたあんこ玉の方法による損失補てんを日常行ってきたという事実が、改正証取法の下でも、なお、被告丙川を含むその従業員や原告を含む顧客に対し同様の損失補てんが行われるものとの期待を持たせ、被告乙山の詐欺行為を容易にさせた大きな要因となっているものといわざるを得ない。

確かに、右二4(二)及び(三)で認定したとおり、被告会社は、遅くとも平成三年四月から改正証取法が施行された平成四年一月にかけて、あんこ玉を含む損失補てんを社内的にも明確に禁止するとともに、その旨の対策を種々講じ、各支店に対してもその都度その周知を図っていたが、右に述べたような事実は、なお、被告会社の右のような対応をもってしても、日常業務の一環として損失補てんをしていた被告会社の従業員から従来の意識を一掃するには十分とはいえなかったことを物語っているものといえよう。

(四) 右にも触れたように、右二1で認定した事実によれば、平成四年六月ころまでに被告乙山が詐欺の手法として考え出した手張りの抜け玉、高松の父の抜け玉、ディーリングの抜け玉の方法等により同被告の話に乗って利益を得ようとした者は、被告会社関係者のみでも、本店の事業法人部、株式部、法人資金運用部に在籍した者や、全国各地の一〇の支店の営業課長を含む従業員に及び、その後の被告乙山の詐欺の犯行が発覚した同年一一月の時点でみると、さらに新橋支店や荻窪支店が加わるなど(甲二四)、合計で少なくとも約三〇名に上り、その中には、株式部の元部長(当時取締役)や当時の部長まで含まれていたものである。その上、被告乙山のこれらの犯行が長期間に及び、かつ、犯行の方法として、主として被告会社株式部の室内の電話が営業時間中に利用されていたことを考え併せると、本店及び支店を含めて当時の被告会社の綱紀のゆるみには著しいものがあったといわざるを得ない。

3 右2に指摘した各事情を考慮して、右1の原告の過失の程度を判断すると、その程度は、被告会社や被告丙川側の右のような事情と対比して、相対的に低いものというべきであり、その過失割合は、二五パーセントと認定するのが相当である。

原告は、被告乙山及び被告丙川の不法行為により、本件買付代金四一六五万円から返還を受けた六三〇万円を差し引いた三五三五万円の損害を被ったものと認められるので、そこから二五パーセントの過失相殺をすると、その残額は、二六五一万二五〇〇円となり、結局、被告会社及び被告丙川には、各自、原告に対し、右金額の損害を賠償すべき義務があることになる(なお、原告が被告乙山から返還を受けた六三〇万円は、前記第二の一5のとおり、同被告がいわば詐欺を継続する手段として利益金等として返還したものにすぎないから、右金額を含めた四一六五万円から過失相殺をし、その残額から六三〇万円を控除した残額をもって賠償額とするのは相当ではない。)。

第四  結論

以上によれば、原告の被告乙山に対する請求は、すべて理由があるから認容し、被告会社及び被告丙川に対する請求は、主文第二項の限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官横山匡輝)

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